国際市民裁判所一号法廷<第二回>
<国際市民裁判所の留意点として>
この市民裁判所は裁判官が判決を下すものではありません。世界中の市民の方々が陪審員として当該する事項に対して判決を決定して戴くものです。裁判官は法の目的を明らかにし、その適用を審議し、判断の基準となる「国際正義」なるものを提言し提示します。 「国際正義」と見做される基本原則はいまだ未知数のところも多々あります。又、そのような正義が存在可能かどうかも意見の分かれるところでもあります。しかし世界が真に平和共存を実現する社会となるためには欠かすことが出来ない理念でなければならないと考えております。
今回は一号法廷の第二回目ですが、裁判官となって戴いた5名の方の提言をご紹介致します。アルベール・カミユ氏、マザー・テレサ氏、チェ・ゲバラ氏、宮沢賢治氏、ジョン・F・ケネディ氏の5人です。次回は、幸徳秋水氏、マーティン・ルーサー・キング氏、杉原千畝氏、トーベ・ヤンソン氏他を予定しています。
歴史から学び、未来の人類の在るべき姿を思い描き、一直線に正義を形成して行く事こそ、現在を生きる人々の役割であり、それこそが人間の叡智だといえます。その道から逸脱していく多くの事象を糾していくことが出来るのは、唯一世界の市民による連携であると私は考えています。
4月10日2014年 裁判長 マハトマ・ガンジー
―裁判官からの提言―
裁判官:アルベール・カミユ(仏:1913~1960)
「不条理」という言葉の意味は、物事の筋道が通らない事、またそのさま、とあります。哲学的な概念からいうと、「世界の不合理性と、人間の明晰さへの願望とが対立した状態」と表現されています。「ある行動とそれを超える世界との対比から認知されるもの」であり、「愚かな行動と優れた見解という両者は常に共存し」「その両者を同じ土俵で相対自している」故に不条理なのです。私は不条理を、明晰な意識のもとで見つめ続ける態度を「反抗」と表現しましたし、それが唯一「生を価値あるものにするもの」としてきました。
安倍政権の発令した「特定秘密保護法」は、まさにこの不条理における一方の「世界の不合理性」を表し、これに絶対反対を表明している市民の一部を「人間の明晰さへの願望」と言える状況に相応します。
第二次大戦後、「もう二度と戦争はしないぞ」という世界の人々の最大の願望として希求された「不戦の誓い」として立憲された日本国憲法、その第九条には「戦争は永久にこれを放棄する」とあります。これは憲法制定にかかわった人々の願いだけではなく、敗戦国のみならず世界のすべての国や人々が希求した願いを、全身全霊をこめて立憲したものでした。今日の世界中の国家が、この条項を共有した法律を策定しえていたなら、世界の様相は一変していた事でしょう。どの様な事があろうとも、すくなくとも日本だけはこの憲法を死守しなければなりません。この世界に冠たる平和憲法を、証人安倍晋三は密かに改変させようとしているように見えます。
「特定秘密保護法」とは平和を希求する道からは遠く逸脱する為の愚かな策謀です。このような法が求めるのは、仮想敵国を想定しているという明白な証拠であり、その先にあるのは近代兵器による戦争への道です。この法改正に続くのは、「武器輸出3原則」であり「集団的自衛権」です。 すべてに先立つ為に、まず情報制限を画策するなどは施政者として最低の仕儀だと言わなければなりません。
愚かな政治家が、愚かな国民を創り上げて行きます。覚醒出来ない国民は、目先にぶら下がっている僅かな物欲を追い求め、それがあたかも永劫の幸せに繋がっているかの様な錯覚に陥らされてしまうのです。
私の著作『反抗的人間』で、「反抗」とは、長く虐げられてきた人々が突然施政者に対して「否」を突きつける態度の事を言っています。この「否」には、「これ以上は許すことができない」という境界線の存在が含意されています。境界線の外側のものを「否」として退け、内にあるものを「諾」として守ろうとすることであり、言い換えれば自分の中にある価値に対する意識です。そして不条理の体験が個人的な苦悩に終わるのに対して、他者に対する圧迫を見ることからも起こりうる反抗は超個人的なものであり、そこから連帯が生まれます。
かかる観点から、証人安倍晋三の「特定秘密保護法」及びこれに続く「武器輸出三原則」「集団的自衛権」へと続く法改正並びに法解釈の、選挙によって多数の信託を得ているというだけの、力ずくの強行改正には、断じて{否}をつきつけなければなりません。
国際市民裁判所の裁判官としてこの法廷に臨む限り、今回の情報統制法に関しては、日本国民と共に{否}を表明しなければなりません。
04・10・2014 Albert Camus
―裁判官からの提言―
裁判官:マザー・テレサ(本名:アグネス・ゴンジャ・ボヤジュ、アルバニア:1910~1997)
「飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からも世話されない人のために働く」こと。これが私の信条としてきた生き方です。
安倍証人のこれまでの社会政策を見ていると、必要最低限のことはしておくが、「ある程度の格差が生じるのは資本主義においては仕方のない事、過渡期には必ずこのような現象がどの国にも見られる事」と世間並みの認識を示し、一応は社会におけるセーフティネットがあるのだから、この程度でいいだろうという態度がありありと見て取れます。
社会機構を形成する為に、良識ある政治家がまず考えなければならない事は、社会の底辺からすべての物事を見つめ直して行く事だと、私は考えてきました。人々は救いを待っているのではなく、人間として生きる当然の、そして最優先されるべき権利を付与されて、この世に生まれてきたのです。この権利は決して不公平なものであってはなりません。誰しもが同じ生きる権利を持っているのです。ごく一部の富裕層や企業家たちだけに目線を絞り、食べる事等には何の苦労も無く、物質的な充足を幸せの前提条件だと考えているような人々だけを喜ばせる施策は、政治家や企業人のリーダーが選ぶ道ではありません。誰しもが平等に生きる権利を行使できる社会を目指すことが、政治家に求められる最低の条件だという事を忘れないで下さい。援助は最後の手段であると心に銘記しておいて下さい。それすら享受出来ないということがあれば、それを黙認する世界は、あるいはその国は、失格の烙印を押されてしかるべきでしょう。
貴方は私のコルカタの病院へ来られた事は一度もありませんね。
実はここにいらっしゃる検察官のお一人は、私共の処へ何度もお越しいただいているのを、この法廷へ来て思い出しました。彼は若い頃バックパッカーでアジアを旅されている途中で、コルカタのハンセン病院へ来られ、私と会いました。以来カンボジアやアフガンへ来られる度に私たちの処へ来て、手伝って下さり、帰りには必ず100万ドル近い多額の寄付を置いて行かれました。「日本の友人達からの寄付を集めて来ました」とだけ言い置いて。私にはそれは殆ど彼から出ていたものだと判っていました。
この世には政治経済に係る事などよりもっと大切なことが沢山あります。その一つは人間の命であり、人間の尊厳であり、それを形成する基本的人権です。これに奉仕できない理念や社会機構は神のご意志に大きく背くものです。
貴方の言われる「アベノミクス」等と言うものの何処にもそれは見えません。福島第一の悲惨な事故を顧みることなく、復興を日本国民全体で最優先して取りかからなければならない時に、貴方はインドへ来られ、恥ずかしげもなく原発を売り込んで行かれました。正しい情報を日本国民が共有していれば、この様な愚劣きわまりない外交を決して許しては置かなかったでしょう。真実の目を摘み取ってしまうような、政府の情報秘匿を目的とする立法を強行する様は、平等で平和な世界を実現する処から大きく逸脱しています。
神のご意志がやがては貴方の目を覚ましてくれることを祈りましょう。
04・10・2014 Agnesa/Antigona Gongea Boiagi
―裁判官からの提言―
裁判官:チェ・ゲバラ(エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ、アルゼンチン:1928~1967)
「 もし私達が空想家のようだと言われるならば、救い難い理想主義者だと言われるならば、出来もしない事を考えていると言われるならば、何千回でも答えよう、<そのとおりだ>と」
私の人生はボリビアの山中イゲラ村の小学校で39才の命を閉じました。ブェノスアイレスの医学生だった私が何故にゲリラの戦士となり、僅か82人の反乱軍で(上陸して生き残ったのは12人だけでした)キューバ革命を成し遂げたのかは、皆さんもよくご存じのことと思います。ただ一つだけ言っておかなければなりません。革命へのすべてのモチベーションとなったのは、当時(第二次大戦後11年を経た1956年頃)のラテン・アメリカは殆どの国が独裁政権によって統治され、民衆は社会の底辺で、されるがままの搾取と圧政に苦しんでいたのです。大学を卒業した年、私は友人と共にバイクに乗って南米を旅しました。グアテマラでは革命が成就され、インディオに土地が戻され、農業立国としての自治が成立したかに見えました。しかし米資本のユナイテッド・フルーツ社が後押しするカスティージョ・アルマスによって、革命政府のアルベンス政権は崩壊してしまいました。この事件が私の革命への炎を燃え立たせたと言えます。
1959年1月にキューバ革命を成し遂げた年の7月に私は日本を訪れました。私は31才、キューバ新政権の通商使節団としての訪問でした。トヨタ自動車、三菱重工、丸紅、ソニー等を訪れ、東京では池田隼人通産大臣とも会いました。しかし私が最も行って見たかったのは広島でした。広島平和記念公園内の原爆死没者慰霊碑に献花し、原爆資料館と原爆病院を訪れ、広島県庁で広島県知事の大原博夫氏ともお会いしました。
私の娘のアレイダ・ゲバラも2008年5月に原爆死没者慰霊碑に来ています。
当時の日本は戦後復興へ向けて国民が一丸となって仕事に取り組んでいる姿に感心させられたことを思い出します。しかし同時に私の中には大きな違和感が湧きあがってきたのも事実です。後に報道されているかも知れませんが、「なぜ日本人はアメリカに対して原爆投下の責任を問わないのか」、「何故アメリカに追従するばかりで、日本人の本当の個性を無くそうとしているのか」と取材に来た記者たちに言っていたと思います。
日本が帝国主義としての戦争にのめり込んでいったのは、国民の意志ではなく、当時の施政者達、特に軍部を中心とした者達の、作為的なアジア支配だったという事は私にもよく見て取れます。一部の者達の誤った正義に反旗をひるがえす事が出来なかったのは、完全な情報統制があったからだということもよく判ります。にも拘らず、日本の国民は愛国心に燃え、一丸となって西洋列強に立ち向かって行ったすべての国民に私は心から敬意をもっています。だからどうしても日本に来たかったのです。戦後復興の勢いもまさにこの愛国心故だと私は思っています。
しかし、これからの世界をリードして行くのは、愛国心だけではありません。一国の利益だけを追求する時代はすでに終わっています。世界が今最も必要としているのは、市民のグローバル化です。政治も経済も一国の論理だけで考えていては駄目な時代に来ているのです。真の正義とは、世界の人々が共有出来る正義でなければなりません。私が生きた時代には未だ武力による闘争は必要でしたが、これから必要とされるのは、平和共存を目指した対話であり、世界の市民の連携だという事を心に刻んで置いて下さい。
04・10・2014 チェ・ゲバラ
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裁判官:宮沢賢治(宮澤賢治:1896年(明治29年)~ 1933年(昭和8年)、岩手県)
「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」
私の平和への思いは今更説明する必要がないほど皆様もよく御存じのことと思います。
世界の平和へ向けた思いを皆様とともに実現して行きたい・・ただその一念があるだけでございます。
我が物のような振る舞いは、施政者として恥ずべきこと、最も遺棄されるべきことと、お考え下さい。
04・10・2014 宮沢賢治
―裁判官からの提言―
裁判官:ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ(アメリカ合衆国:1917~1963)
1962年10月14日に始まった「キューバ危機」において、私が選んだ道は、すべての情報を国民と共に共有し、情報を公開することでした。先輩の大統領経験者であるフーバー、トルーマン、アイゼンハウアー各位に対しては直接私からご報告申し上げました。フランスのシャルル・ドゴール大統領の元にはディーン・アチソンを、イギリスのハロルド・マクミラン首相とドイツのコンラート・アデナウアー首相の元には国務次官補を送り情報を共有しました。
議会の人々の中には「キューバ爆撃」でのミサイル基地攻撃を主張する人々もいました。しかし私は、武力攻撃は、すでに世界中に配備されている東西の核ミサイルを使用するという、致命的な第三次世界大戦への道を開くものだとして、説得に説得を重ねました。
10月22日には議会の指導者達にも私自身から説明した後、午後7時から全米へ向けてだけでなく、中南米諸国の全域に向けてはスペイン語に翻訳して、演説放送を開始致しました。キューバに攻撃用ミサイルが配備されていること、更にその装備を増強しようとするソ連の艦船と護衛の潜水艦に対してアメリカが海上封鎖を行うこと等、すべての情報を伝えたのです。
10月24日に議会の承認を受け、海上封鎖が実行されました。ソ連の艦船はすべてUターンをして母国に帰還して行きました。ソ連側はミサイルを潜水艦から発射しようとしていた事も後で判りました。しかしこれは一人の素晴らしい艦長によって拒否されていたこともです。
情報を全国民と共有するということは、平和実現の為の必須条件であると悟らなければなりません。情報の秘匿は、「後ろめたさ」の証明でもあります。真直ぐに正面をみつめ、正々堂々と政治を執り行うことこそが、施政者に最も求められているということを肝に命じておいて下さい。
私はもし当時のソ連書記長がフルシチョフ氏ではなくゴルバチョフ氏であったならば、あるいはゴルバチョフ氏が書記長であった時代にアメリカ大統領がレーガン氏ではなく私であったならと、何度思ったか知れません。私とゴルバチョフ氏が同時代であったなら、戦略核兵器は今頃地球上には存在してはいなかったでしょう。それだけでなく、核の平和利用という名の下で行われてきた原発を含むすべての開発がストップ出来ていたのではないかとさえ思えます。
今、私の意志はオバマ大統領に引き継がれようとしていますが、アメリカだけでなく全世界をマネーで席巻するフィクサー集団によって、あらゆる方策が厚い壁によって閉ざされようとしています。私の命を奪ったのも彼らであることは間違いありません。ただ一つの命が奪われただけで世界の行く手は大きく変わっていきます。
このような歴史を繰り返さない為には、より多くの人々に真実を知ってもらわなければなりません。すべての情報が全市民と共に共有される社会こそ、ゆるぎのない人類の目指す平和共存への道を決定づけることができるのです。
04・10・2014 John Fitzgerald "Jack" Kennedy
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